ほぼ日記状態で、来てくださってる方に申し訳ないです。
4月26日の拍手ありがとうございました。
お座布団もお茶もなくてすみません。
息災にしてます。
4月からまったく新しいネタでの喋くり稼業(授業)が増えまして、その準備にあたふた。まだまだ若葉マークなので、90分しゃべり通すのは90分間の「物語」を(骨組みだけでも)作っておかないとうまくいかない。というわけで毎週せっせと物語作り。筋を作っておかないと話がとんでもない方向に反れてしまう。とほほ。
個人的事情はさておき、ようやくSS更新。ヴィタフラ。
まだまだ書きますよ~
共同潜入
建てつけの悪い木造の階段を70段上がると、青いノブがついた扉がある。それが我が家の目印だ。これを開けると尻尾を振った犬が戸の前に座っていて「おかえりなさーい」と声が台所から飛んでくる。階段と犬と声。この三つはもはや私の一日を締めくくるためのセットになりつつある。もっとも、あまりに所帯じみていて慣れるまでにずいぶん時間を要した。さらに妻からは、夫婦なのですからただいまくらい言ってくださいと進言されている。これだけはいまだにためらいがある。今夜は口にしてみようか。サプライズ。彼女の性格が少しずつ私にうつってきているようだ。
足取り軽く階段を上り終え、鍵を開けみてがっかりした。火の気も犬の出迎えもない。薄暗くひっそりとした空間で、テーブルの上にあるイースターエッグの金色のリボンが、ひどく場違いな光を放っている。傍らに書きかけの手紙に偽装した報告書が出したままになっているのを見つけて、月明かりを頼りに目を通す。
共和国の諜報員のリークに成功
伍長がこちらに来て以来ずっと追っていた人物だ。奴の妻といえば、彼女が日ごろから「仲良く」していた人物だ。この卵もそこからのもらい物ではなかったか。
「報告事項があります…少尉」
隣家にもれることを懸念して私が伍長のすぐ隣に腰を下ろすと、彼女はぽつりと言った。
「…です」
任務成功。伍長にとって始めての金星だ。よくやった、と声をかけたが、彼女は少しもうれしそうではない。むしろその逆だ。
「明日はイースターですよね。私、一つの家族を壊してしまいました。よりにもよってこんな時に」
「敵の諜報員だ。君が気にかける必要はない」
「彼女…半狂乱でした。夫が殺されるって」
「やめないか。これが、任務だ」
喋り続ける彼女の肩を両手でゆすると、言葉がぴたりとやむ。代わりに肩が小刻みに揺れだした。泣き出す女は苦手だ。だが、声を上げられて隣に不信がられるよりも数倍ましだろう。
「…すみません。取り乱してしまって。裏切りは私の任務なのに」
ふと、かばった共和国人に殺された彼女の父親の話が頭をよぎる。あの事件もイースター前だった。彼女は家族が集うイベントを敵国につぶされた自分と友人とを重ねているのだろう。なによりこれは彼女の初任務だ。個人的な感情に振り回されることは致し方ない。だが、任務は任務だ。この程度のことで感情を害していては先が思いやられる。やはり彼女に諜報活動は無理だった。よかろう、明日には上と連絡を取ろうと言うはずが、口から出てきたのは逆の言葉だった。
「裏切りは決して心安いものではない。初めてのことだ。多少うろたえることもあるだろう。動揺を禁じる項目は規則にない」
了承の意だろうか、彼女は左肩に置いていた私の手にそっと自分の手を重ねた。冷たい。
「すっかり冷えてるな。部屋を暖めよう」
「いいえ。もう少し、このままでもいいですか?」
「風邪をひかれては困る。泣かれても困る。なにせ『ヴィッター家はラブラブ』らしいからな」
冗談なのかどうかわからないことを口にしながら、外で情報をやり取りする時のように後ろから伍長の背中に腕をやる。「夫婦」はあくまで外向きの役割だ。にもかかわらず落胆する彼女を慰めているのは、共同潜入の相棒は陰気よりも朗らかなほうがいいと思っているからか。それとも ―認めがたいことだが― 私が彼女に惚れているからか。やがて伍長ではなく、「妻」の顔に戻った彼女がくるりと私の方を向いた。
「珍しい。あなたが腕をまわしてくださるなんて」
「私が寒いからだ」
「寄ると温まりますもんね。雪山のおサルさんみたい」
「サルほど毛はない」
「今のは、冗談ですよね?」
それほど滑稽なことを言ったつもりはなかったので逡巡していると、彼女は私の頭にちらりと目をやって吹き出した。笑い声が部屋に響く。面白くないが、これくらいで気が落ち着くならいいだろう。しかしベッドに仰向けになって、腹を抱えてまで笑うとは。取り乱したり、泣いたり、笑ったり。女という生き物は不可思議だ。
「苦しいほどに笑うなら、見なければいいじゃないか」
いつまでも笑われてはたまらないので、彼女の目を覆うと、ようやく声が落ち着いてくる。目尻にはうっすら涙が浮かんでいる。笑いすぎだ。
「ゴメンナサイ。でもおかしくって。気づいてました?冗談言われたの、初めてです。それに、言葉を崩されたのも、初めてです」
「貴さ、君がからかうから」
「だって、嬉しかったんです」「お気遣い、感謝します」
ふと首の辺りに腕が回されて、栗色の頭がふわりと飛びついてくる。おサルさんごっこのついでです、とおどけた口調で彼女が言う。首筋にあたる息が暖かい。エリート諜報員の評判高い自分が堅物であることは、十分承知している。そもそも他人の気を引くこと自体に興味がないので、異性が寄ってくることがない。親密になったところで女の方が音を上げる。敵国の女性工作員と懇意になることに失敗した時もそうだった。なのに。この女は私の懐にいとも簡単に飛び込んできて、心地よさそうに居座っている。
「まだサルの真似事の続きか」
不機嫌を装ったところで、彼女はフフフフフと声を立てるだけだ。
「冷淡の誉れ高いあなたも、くっつくとあたたかい」
「やかましい」「本当のことです」
「冷淡で十分」「気に入らないなら仕方ないですね」
首のぬくもりが離れたかと思うと、鼻先を何かが小さな音を立てて眇めていく。
「これは、私だけの秘密に」
形式上の配偶者で、上官と部下。こんなことをされては自分が彼女の上官の少尉なのか、私人としてのヴィッターなのかますます整理がつかなくなる。彼女からの不意打ちに促されたのか、戸惑いをはらそうと唇をそっと重ねる。拒絶の気配はない。冷えた体を温めるように互いの腕が絡んで、どちらともなく再び唇が重なる。口付けの合間に預けられる体の小ささを改めて実感しながら、その背中をまるで子供をあやすようにゆっくりとさすってやる。気持ちの切り替えの早さは、諜報員に必要な要素だ。この異常事態で彼女の気が反れればいい。さすがに深さを増す息遣いに気後れして体を離そうとすると、彼女がそっと私の腕をとった。
「『夫婦』・・・ですから」
複雑なことを考える必要ははじめからなかったらしい。私の迷いはいとも簡単に解消されてしまった。
「『夫婦』だからな」
栗色の頭がそっとうなずいた。
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長文お付き合いありがとうございました。
ヴィッターの首筋に飛びつくフラシアさんを書くつもりがどんどん伸びて、いつの間にやら難産に。難産になる→ 長文化 → 読みにくい というパターンができつつある気がするけど気にしなーい。自分にとっては南瓜鋏のなかで一番接吻が似あう組み合わせ。会ったときからフランシア伍長はヴィッターの良さを見抜いてたんじゃないかと勝手に妄想。
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